って逃げ出したの。』
二人はしばし黙っていた。水車へ水を取るので橋から少し下流に井堰《いせき》がある、そのため水がよどんで細長い池のようになっている、その岸は雑木《ぞうき》が茂って水の上に差し出ているのが暗い影を映しまた月の光が落ちているところは鏡のよう。たぶん羽虫《はむし》が飛ぶのであろう折り折り小さな波紋が消えてはまた現われている、お梅はじっと水を見ていたが、ついに
『幸ちゃんの話は何でした。』
『神田の叔父の方へしばらく往《い》っていたいがどうしたもんだろうと相談に来たのサ。』
『先生何と言ってやりました。』お梅は時田の顔を見て言ったがその声は少し震えていた、しかし時田はそんなことには気がつかないかして、すこぶる平気で、
『なるべくは家《うち》にいた方がよかろう、そうしないとなおの事|継母《おふくろ》との間がむずかしくなるからッて、留めてやった、かあいそうに泣いていたよ。』
『泣いて? まアかあいそうに。』お梅は涙ぐんで黙ってしまった。それも時田には気が付かない、
『なんでも詳しい事は聞かなんだが、今度の継母《おふくろ》に娘があってそれが海軍少将とかに奉公している、そいつを幸ち
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