《つくなん》でいた。そのうち三切《みき》りめが初まるとお梅はしばらく聴いていたが、そッと立って土間へ下りると母親《おふくろ》が見つけて、低い声で、
『奥でお寝《やす》みな。』半ばしかるように言った。お梅は泣き出しそうな顔をして頭を振って外面《そと》へ出た。月は冴《さ》えに冴え、まるで秋かとも思われるよう。庭木の影がはっきりと地に印《いん》している。足を爪立《つまだ》てるようにして中二階の前の生垣《いけがき》のそばまで来て、垣根|越《ご》しに上を見あげた。二階はしんとしている。この時|母屋《おもや》でドッと笑い声がした。お梅はいまいましそうに舌うちをして、ほんとにいつまでやってるんだろうとつぶやきながら道へ出た。橋の上で話し声が聞こえるようだから、もしかと思って来ると先生一人、欄干に倚《よ》っかかッて空を仰いでいた。
『オヤお一人?』
『あア。』気のない返事。
『幸ちゃん帰りましたの?』お梅も欄干に倚《よ》って時田の顔をじっと見ている。
『今帰ったよ、』と大あくびをして『梅ちゃんどうして浪花節聴かないの、僕一つ聴いて来ようか。』
『およしなさいよつまらない! あたし聴いてたけど頭が痛くな
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