を澄ましていると見えて粛然《しん》としている。
『幸ちゃんに今帰ったからッて、そ言っておくれ、』と時田は庭の耳門《くぐり》へ入《はい》った、お梅はばたばたと母屋《おもや》の方へ駆《か》け出して土間へそっと入ると、幸吉が土間の入口に立っている。
『帰って?』幸吉は低い声で言った。
『今帰ってよ、用が済んだらまたお寄んなさいナ。』お梅の声もささやくよう。
『ありがとう。』幸吉は急いで中二階の方へ行った、しかし頭を垂《た》れたまま。お梅は座敷の隅《すみ》の方の薄暗い所に蹲居《つくなん》で浪花節を聞いていたが、みんなが笑う時でも笑顔《えがお》一つしなかった。二切りめが済むと座敷はにわかににぎやかになって、煙草《たばこ》を吸うやら便所に立つやら大騒ぎ。
『お梅。』母親《おふくろ》がきょろきょろと見回すと、
『なに。』お梅は大きな声で返事をした。
『どこにいたのさっきから。』
『ここで聴《き》いていたのよ、そして頭が痛くって……』と顔をしかめて頭をこつこつと軽くたたく。
『奥へ行って、寝《やす》みな、寝てたッて聞こえるよ。』母親《おふくろ》は心配そうに言う。それでもお梅は返事をしないでそのまま蹲居
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