まった。
『だれ。』時田は訊《たず》ねた。
『源公の野郎《やろう》、ほんとにこの節は生意気になったよ。先生散歩?』お梅は時田のそばに寄って顔をのぞくようにして見た。
『あの幸ちゃんが来たら散歩に行ったって、そしてすぐ帰るからッて言っておくれ、』と時田は門を出た。お梅は後《あと》について来て、
『すぐお帰んなさいナもう梅竜《ばいりゅう》が来ましたから。あらお月さま!』お梅は立ち止まった。時田は橋を渡って野の方へと行ってしまった。
 二時間も経《た》ったろうか、時田の帰って来たのは。月影にすかして見ると橋の上に立っているのはお梅である。
『先生どこを歩いていました今まで、幸ちゃんがさっきから待っていますよ。』
『梅ちゃんここで何してたの。』
『先生を待っていました、幸ちゃんの用ッて何でしょう。』
『何だか知らない。何だってよいジャあないか。』
『だって何だか沈鬱《ふさ》いでいるようだから……もしかと思って。』
『ああ少し寒くなって来た。』
 二人《ふたり》は連れだって中二階の前まで来たが、母屋《おもや》では浪花節《なにわぶし》の二切《ふたき》りめで、大夫《たゆう》の声がするばかり、みんな耳
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