》の薬が足りないッてことよ。』
『ばか言ってらア。』女房には何のことだかわからない。
『お菊、もう二合取って来てくんねエ。』
『およしよ嘘《うそ》だよ、ばかばかしい。』女房はしかるように言って、燗徳利《かんどくり》をちょっと取って見て、『まだあるくせに。』
『あってもいいよ、二合取って来てくんねエ。明日《あした》口がきけねえから。』
『だれにさ、だれに口がきけねえんだよ。ばかばかしい。』
『なるほどうまいことを言うじゃアないか、今日おいらが蔦屋《つたや》へ行って今朝《けさ》の一件を話すと、長屋の者が、懐《ふところ》が寒くなるから頭へ逆上《のぼ》せるだッて言やアがる。うまいことを言うじゃアないか。そいでおいらア四合ずつ毎晩|逆上薬《のぼせぐすり》を飲むが鉄道往生する気になんねえッて言ったら、お神さんにそう言ってもう二合も買ってもらえッてやアがる。』
『大きにお世話だッて言ってやればいいに。』と女房は言って見たが、笑わざるを得なかった、娘も笑った。
『だから二合取って来てくんねえッてんだ。』
『ほんとに今夜はおよしよ、道が悪くってお菊がかあいそうだから。』女房は優しく言った。
『いいよわた
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