最初はただの教員から初めて十何年という長い間、汲々乎《きゅうきゅうこ》として勤めお互いの朋輩《ほうばい》にはもう大尉《たいい》になッた奴《やつ》もいれば法学士で判事になった奴もいるのを知らん顔でうらやましいとも思わず平気で自分の職分を守っている。もちろんこれは君の性分にもよるだろう、しかしそれはどちらでもいい、ともかく一心専念にやっているという事が僕は君の今日成功している所以《ゆえん》だと信ずる、成功とも! 教育家としてこの上の成功はないサ。父兄からは十二分の信用と尊敬とを得て何か込み入ったことはみんな君のところへ相談に来て君の判断を仰ぐ。僕は今の教育家にこういう例はあまりなかろうと思う。そこで僕は思った、僕に天才があろうがなかろうが、成功しようがしなかろうがそんな事は今顧みるに当たらない何でもこのままで一心不乱にやればいいんだ、というふうに考えて来ると気がせいせいして来た。
 昨日《きのう》もちょうどそんな事を考えながら歩いて、つまるところがペンキの看版《かんばん》かきになろうが稲荷《いなり》や八幡様《はちまんさま》の奉納絵を画こうがかまわない。やるところまでやると決心したからには、
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