気よかりし彼が心をなかば砕き去りたり。雨のそぼ降る日など、淋《さみ》しき家に幸助一人をのこしおくは不憫《ふびん》なりとて、客とともに舟に乗せゆけば、人々哀れがりぬ。されば小供《こども》への土産《みやげ》にと城下にて買いし菓子の袋開きてこの孤児《みなしご》に分つ母親もすくなからざりし。父は見知らぬ風にて礼もいわぬが常なり、これも悲しさのあまりなるべしと心にとむる者なし。
「かくて二年《ふたとせ》過ぎぬ。この港の工事なかばなりしころ吾《われ》ら夫婦、島よりここに移りてこの家を建て今の業をはじめぬ。山の端《は》削《けず》りて道路《みち》開かれ、源叔父が家の前には今の車道《くるまみち》でき、朝夕二度に汽船の笛鳴りつ、昔は網だに干さぬ荒磯《あらいそ》はたちまち今の様《さま》と変わりぬ。されど源叔父が渡船《おろし》の業は昔のままなり。浦人《うらびと》島人《しまびと》乗せて城下に往来《ゆきき》すること、前に変わらず、港開けて車道でき人通り繁《しげ》くなりて昔に比ぶればここも浮世の仲間入りせしを彼はうれしともはた悲しとも思わぬ様なりし。
「かくてまた三年《みとせ》過ぎぬ。幸助十二歳の時、子供らと海に遊
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