橋の袂《たもと》に眠りし犬|頭《くび》をあげてその後影を見たれど吠《ほ》えず。あわれこの人墓よりや脱け出《い》でし。誰《たれ》に遇い誰《た》れと語らんとてかくはさまよう。彼は紀州なり。
源叔父の独子《ひとりご》幸助海に溺《おぼ》れて失《う》せし同じ年の秋、一人の女乞食|日向《ひゅうが》の方《かた》より迷いきて佐伯の町に足をとどめぬ。伴《ともな》いしは八歳《やっつ》ばかりの男子《おのこ》なり。母はこの子を連れて家々の門に立てば、貰い物多く、ここの人の慈悲《めぐみ》深きは他国にて見ざりしほどなれば、子のために行末よしやと思いはかりけん、次の年の春、母は子を残していずれにか影を隠したり。太宰府《だざいふ》訪《もう》でし人帰りきての話に、かの女乞食に肖《に》たるが襤褸《ぼろ》着し、力士《すもうとり》に伴いて鳥居のわきに袖乞《そでご》いするを見しという。人々皆な思いあたる節なりといえり。町の者母の無情《つれなき》を憎み残されし子をいや増してあわれがりぬ。かくて母の計《はかりごと》あたりしとみえし。あらず、村々には寺あれど人々の慈悲《めぐみ》には限あり。不憫《ふびん》なりとは語りあえど、まじめに
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