食のゆきし方《かた》を見て太き嘆息《ためいき》せり。小供らは笑を忍びて肱《ひじ》つつきあえど翁は知らず。
源叔父家に帰りしは夕暮なりし。彼が家の窓は道に向かえど開かれしことなく、さなきだに闇《くら》きを燈つけず、炉《ろ》の前に坐り指太き両手を顔に当て、首を垂れて嘆息つきたり。炉には枯枝一|掴《つか》みくべあり。細き枝に蝋燭《ろうそく》の焔《ほのお》ほどの火燃え移りてかわるがわる消えつ燃えつす。燃ゆる時は一間《ひとま》のうちしばらく明《あか》し。翁の影太く壁に映りて動き、煤《すす》けし壁に浮かびいずるは錦絵《にしきえ》なり。幸助五六歳のころ妻の百合が里帰りして貰いきしその時|粘《は》りつけしまま十年《ととせ》余の月日|経《た》ち今は薄墨《うすずみ》塗りしようなり、今宵《こよい》は風なく波音聞こえず。家を繞《めぐ》りてさらさらと私語《ささや》くごとき物音を翁は耳そばだてて聴きぬ。こは霙《みぞれ》の音なり。源叔父はしばしこのさびしき音《ね》を聞入りしが、太息《ためいき》して家内《やうち》を見まわしぬ。
豆|洋燈《らんぷ》つけて戸外《そと》に出《いず》れば寒さ骨に沁《し》むばかり、冬の夜寒
前へ
次へ
全30ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング