ルスタイン種の牝牛《めうし》がモーッと唸《うな》る!」
「君は詩人だ!」と叫けんで床を靴で蹶《けっ》たものがある。これは近藤といって岡本がこの部屋に入って来て後《のち》も一|言《ごん》を発しないで、唯《た》だウイスキーと首引《くびっぴき》をしていた背の高い、一癖あるべき顔構《つらがまえ》をした男である。
「ねエ岡本君!」と言い足した。岡本はただ、黙言《だまっ》て首肯《うなず》いたばかりであった。
「詩人? そうサ、僕はその頃は詩人サ、『山々|霞《かす》み入合《いりあい》の』ていうグレーのチャルチャードの飜訳《ほんやく》を愛読して自分で作ってみたものだアね、今日《こんにち》の新体詩人から見ると僕は先輩だアね」
「僕も新体詩なら作ったことがあるよ」と松木が今度は少し乗地《のりじ》になって言った。
「ナーニ僕だって二ツ三ツ作《やっ》たものサ」と井山が負けぬ気になって真面目で言った。
「綿貫君、君はどうだね?」と竹内が訊ねた。
「イヤお恥しいことだが僕は御存知の女気《おんなけ》のない通り詩人気は全くなかった、『権利義務』で一貫して了った、どうだろう僕は余程俗骨が発達してるとみえる!」と綿貫は頭
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