暫時《しばら》く凝然《じっ》と品川の沖の空を眺《なが》めていました。
『もしかあの女は遠からず死ぬるのじゃアあるまいか』という一念が電《いなずま》のように僕の心中最も暗き底に閃《ひらめ》いたと思うと僕は思わず躍《おど》り上がりました。そして其所《そこ》らを夢中で往きつ返《もど》りつ地を見つめたまま歩るいて『決してそんなことはない』『断じてない』と、魔を叱《しっ》するかのように言ってみたが、魔は決して去らない、僕はおりおり足を止めて地を凝視《みつめ》ていると、蒼白《あおじろ》い少女《むすめ》の顔がありありと眼先に現われて来る、どうしてもその顔色がこの世のものでないことを示している。
「遂《つい》に僕は心を静めて今夜十分眠る方が可《よ》い、全く自分の迷だと決心して丸山を下りかけました、すると更に僕を惑乱さする出来事にぶつかりました。というのは上《のぼ》る時は少も気がつかなかったが路傍《みちばた》にある木の枝から人がぶら下っていたことです。驚きましたねエ、僕は頭から冷水《ひやみず》をかけられたように感じて、其所《そこ》に突立って了いました。
「それでも勇気を鼓して近づいてみると女でした、無論
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