は可《い》い加減に酒が廻《ま》わっていたのである。
 岡本の姿を見るや竹内は起《た》って、元気よく
「まアこれへ掛け給え」と一《ひとつ》の椅子をすすめた。
 岡本は容易に坐に就《つ》かない。見廻すとその中《うち》の五人は兼て一面識位はある人であるが、一人、色の白い中肉の品の可《よ》い紳士は未だ見識《みし》らぬ人である。竹内はそれと気がつき、
「ウン貴様《あなた》は未だこの方を御存知ないだろう、紹介しましょう、この方は上村君《かみむらさん》と言って北海道炭鉱会社の社員の方です、上村君、この方は僕の極く旧《ふる》い朋友《ともだち》で岡本君……」
 と未だ言い了《おわ》らぬに上村と呼ばれし紳士は快活な調子で
「ヤ、初めて……お書きになった物は常に拝見していますので……今後御懇意に……」
 岡本は唯《た》だ「どうかお心安く」と言ったぎり黙って了った。そして椅子に倚《よ》った。
「サアその先を……」と綿貫《わたぬき》という背の低い、真黒の頬髭《ほおひげ》を生《はや》している紳士が言った。
「そうだ! 上村君、それから?」と井山《いやま》という眼のしょぼしょぼした頭髪《あたまのけ》の薄い、痩方《や
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