が、車夫どもは皆な勝手の方で例の一六勝負最中らしい。
 すると一人の男、外套《がいとう》の襟《えり》を立てて中折帽《なかおれぼう》を面深《まぶか》に被《かぶ》ったのが、真暗《まっくら》な中からひょっくり現われて、いきなり手荒く呼鈴《よびりん》を押した。
 内から戸が開《あ》くと、
「竹内君は来てお出《いで》ですかね」と低い声の沈重《おちつ》いた調子で訊《たず》ねた。
「ハア、お出で御座います、貴様《あなた》は?」と片眼の細顔の、和服を着た受付が丁寧に言った。
「これを」と出《いだ》した名刺には五号活字で岡本|誠夫《せいふ》としてあるばかり、何の肩書もない。受付はそれを受取り急いで二階に上って去《い》ったが間もなく降りて来て
「どうぞ此方《こちら》へ」と案内した、導かれて二階へ上ると、煖炉《ストーブ》を熾《さかん》に燃《た》いていたので、ムッとする程|温《あった》かい。煖炉《ストーブ》の前には三人、他の三人は少し離れて椅子に寄っている。傍《かたわら》の卓子《テーブル》にウイスキーの壜《びん》が上《のっ》ていてこっぷ[#「こっぷ」に傍点]の飲み干したるもあり、注《つ》いだままのもあり、人々
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