て露骨に申しますが、僕はこれぞという理想を奉ずることも出来ず、それならって俗に和して肉慾を充《みた》して以て我生足れりとすることも出来ないのです、出来ないのです、為《し》ないのではないので、実をいうと何方《どちら》でも可いから決めて了ったらと思うけれど何という因果か今以て唯《た》った一つ、不思議な願を持ているからそのために何方《どちら》とも得決《えき》めないでいます」
「何だね、その不思議な願と言うのは?」と近藤は例の圧《お》しつけるような言振《いいぶり》で問うた。
「一口には言えない」
「まさか狼《おおかみ》の丸焼で一杯飲みたいという洒落《しゃれ》でもなかろう?」
「まずそんなことです。……実は僕、或|少女《むすめ》に懸想《けそう》したことがあります」と岡本は真面目で語り出《いだ》した。
「愉快々々、談|愈々《いよいよ》佳境に入《い》って来たぞ、それからッ?」と若い松木は椅子を煖炉《ストーブ》の方へ引寄た。
「少し談《はなし》が突然《だしぬけ》ですがね、まず僕の不思議の願というのを話すにはこの辺から初めましょう。その少女《むすめ》はなかなかの美人でした」
「ヨウ! ヨウ!」と松木は躍
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