て牛《うし》の焦《こげ》る臭《におい》を嗅《か》いで行《ある》く、その醜体《ざま》ったらない!」
「オイオイ、他人《ひと》を悪口する前に先ず自家の所信を吐くべしだ。君は何の堕落なんだ」と上村が切り込んだ。
「堕落? 堕落たア高い処から低い処へ落ちたことだろう、僕は幸《さいわい》にして最初から高い処に居ないからそんな外見《みっとも》ないことはしないんだ! 君なんかは主義で馬鈴薯を喰ったのだ、嗜《す》きで喰ったのじゃアない、だから牛肉に餓《う》えたのだ、僕なんかは嗜きで牛肉を喰うのだ、だから最初から、餓えぬ代り今だってがつがつしない、……」
「一向要領を得ない!」と上村が叫けんだ。近藤は直《ただち》に何ごとをか言い出さんと身構をした時、給使《きゅうじ》の一人がつかつかと近藤の傍《そば》に来てその耳に附いて何ごとをか囁《ささや》いた。すると
「近藤は、この近藤はシカク寛大なる主人ではない、と言ってくれ!」と怒鳴った。
「何だ?」と坐中の一人が驚いて聞いた。
「ナニ、車夫の野郎、又た博奕《ばくち》に敗けたから少し貸してくれろと言うんだ。……要領を得ないたア何だ! 大に要領を得ているじゃアないか
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