用だ。」
「一晩泊めてくれ。」と言われて弁公すぐ身を横によけて
「まアこれを見てくれ、どこへ寝られる?」
見ればなるほど三畳敷の一間《ひとま》に名ばかりの板の間と、上がり口にようやく下駄《げた》を脱ぐだけの土間とがあるばかり、その三畳敷に寝床が二つ敷いてあって、豆ランプが板の間の箱の上に載せてある。その薄い光で一ツの寝床に寝ている弁公の親父《おやじ》の頭がおぼろに見える。
文公の黙っているのを見て、
「いつものばばアの宿へなんで行かねえ?」
「文《もん》なしだ。」
「三晩や四晩借りたってなんだ。」
「ウンと借りができて、もう行けねえんだ。」と言いさま、咳《せき》をして苦しい息を内に引くや、思わずホッと疲れ果てたため息をもらした。
「からだもよくないようだナ。」と、弁公初めて気がつく。
「すっかりだめになっちゃった。」
「そいつは気の毒だなア」と内と外でしばし無言でつっ立っている。するとまだ寝つかれないでいた親父が頭をもたげて、
「弁公、泊めてやれ、二人寝るのも三人寝るのも同じことだ。」
「同じことは一つこった。それじゃア足を洗うんだ。この磨滅下駄《ちびげた》を持って、そこの水道で洗
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