あった。
「もうだめだ」と、十日ぐらい前から文公は思っていた。それでもかせげるだけはかせがなければならぬ。それできょうも朝五銭、午後《ひる》に六銭だけようやくかせいで、その六銭を今めし[#「めし」に傍点]屋でつかってしまった。五銭は昼めしになっているから一|文《もん》も残らない。
さて文公はどこへ行く? ぼんやり軒下に立って目の前のこの世のさまをじっと見ているうちに、
「アヽいっそ死んでしまいたいなア」と思った。この時、悪寒《おかん》が身うちに行きわたって、ぶるぶるッとふるえた、そして続けざまに苦しい咳《せき》をしてむせび入った。
ふと思いついたのは、今から二月前に日本橋のある所で土方をした時知り合いになった弁公という若者《わかいの》がこの近所に住んでいることであった。道悪《みちわる》を七八丁|飯田町《いいだまち》の河岸《かし》のほうへ歩いて暗い狭い路地をはいると突き当たりにブリキ葺《ぶき》の棟《むね》の低い家がある。もう雨戸が引きよせてある。
たどり着いて、それでも思い切って、
「弁公、家《うち》か。」
「たれだい。」と内からすぐ返事がした。
「文公だ。」
戸があいて「なんの
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