じを、しばしの間でもよいから忘れたくても忘れる事ができないのである。
からだにも心にも、ぽかんとしたような絶望的|無我《ぶが》が霧のように重く、あらゆる光をさえぎって立ちこめている。
すき腹に飲んだので、まもなく酔いがまわり、やや元気づいて来た。顔を上げて我れ知らずにやり[#「にやり」に傍点]と笑った時は、四角の顔がすぐ、
「そら見ろ、気持ちが直ったろう。飲《や》れ飲《や》れ、一本で足りなきゃアもう一本|飲《や》れ、わしが引き受けるから。なんでも元気をつけるにゃアこれに限るッて事よ!」と御自身のほうが大元気になって来たのである。
この時、外から二人の男が駆けこんで来た。いずれも土方ふうの者である。
「とうとう降《や》って来やアがった。」と叫んで思い思いに席を取った。文公の来る前から西の空がまっ黒に曇り、遠雷さえとどろきて、ただならぬけしきであったのである。
「なに、すぐ晴《あが》ります。だけど今時分の夕立なんて、よっぽど気まぐれだ。」と亭主《あるじ》が言った。
二人が飛びこんでから急ににぎおうて来て、いつしか文公に気をつける者もなくなった。外はどしゃ降りである。二つのランプの光
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