は赤くかすかに、陰《かげ》は暗くあまねくこのすすけた土間をこめて、荒くれ男のあから顔だけが右に左に動いている。
文公は恵まれた白馬《どぶろく》一本をちびちび飲み終わると飯を初めた、これも赤んぼをおぶった女主人《かみさん》の親切でたらふく食った。そして、出かけると急に亭主がこっちを向いて、
「まだ降ってるだろう、やんでから行きな。」
「たいしたことはあるまい。みなさん、どうもありがとう」と、穴だらけの外套《がいとう》を頭からかぶって外へ出た。もう晴《あが》りぎわの小降りである。ともかくも路地をたどって通りへ出た。亭主《ていしゅ》は雨がやんでから行きなと言ったが、どこへ行く? 文公は路地口の軒下に身を寄せて往来の上下《かみしも》を見た。幌人車《ほろぐるま》が威勢よく駆けている。店々のともし火が道に映っている。一二丁先の大通りを電車が通る。さて文公はどこへ行く?
めし[#「めし」に傍点]屋の連中も文公がどこへ行くか、もちろん知らないがしかしどこへ行こうと、それは問題でない。なぜなれば居残っている者のうちでも、今夜はどこへ泊まるかを決めていないものがある。この人々は大概、いわゆる居所不明、
前へ
次へ
全15ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング