ないと元気がつかない。代《だい》はいつでもいいから飲《や》ったほうがよかろう。」と亭主《あるじ》は文公がなんとも返事せぬうちに白馬《どぶろく》を一本つけた。すると角《かど》ばった顔の男が、
「なアに文公が払えない時は、わしがどうにでもする。えッ、文公、だから一ツ飲《や》ってみな。」
 それでも文公は頭を押えたまま黙っていると、まもなく白馬一本と野菜の煮つけを少しばかり載せた小ざら一つが文公の前に置かれた。この時やっと頭を上げて、
「親方どうも済まない。」と弱い声で言ってまたも咳《せき》をしてホッとため息をついた。長おもてのやせこけた顔で、頭は五分刈りがそのまま伸びるだけ伸びて、ももくちゃ[#「ももくちゃ」に傍点]になって少しのつやもなく、灰色がかっている。
 文公のおかげで陰気がちになるのもしかたがない、しかしたれもそれを不平に思う者はないらしい。文公は続けざまに三四杯ひっかけてまたも頭を押えたが、人々の親切を思わぬでもなく、また深く思うでもない。まるで別の世界から言葉をかけられたような気持ちもするし、うれしいけれど、それがそれまでの事である事を知っているから「どうせ長くはない」との感
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