た。
「ありがとう、どうせ長くはあるまい。」と今来た男は捨てばちに言って、投げるように腰掛けに身をおろして、両手で額を押え、苦しい咳《せき》をした。年ごろは三十前後である。
「そう気を落とすものじゃアない、しっかり[#「しっかり」に傍点]なさい」と、この店の亭主《ていしゅ》が言った。それぎりでたれもなんとも言わない、心のうちでは「長くあるまい」と言うのに同意をしているのである。
「六銭しかない、これでなんでもいいから……」と言いさして、咳《せき》で、食わしてもらいたいという言葉が出ない。文公は頭の毛を両手でつかんでもがいている。
めそめそ泣いている赤んぼを背負ったおかみさん[#「おかみさん」に傍点]は、ランプをつけながら、
「苦しそうだ、水をあげようか。」と振り向いた。文公は頭を横に振った。
「水よりかこのほうがいい、これなら元気がつく」と三人の一人の大男が言った。この男はこの店にはなじみでないと見えてさっきから口をきか[#「きか」に傍点]なかったのである。突き出したのが白馬《どぶろく》の杯《さかずき》。文公はまたも頭を横に振った。
「一本つけ[#「つけ」に傍点]よう。やっぱりこれで
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