午後三時ごろ、親父のはね上げた土が、おりしも通りかかった車夫《くるまひき》のすねにぶつかった。この車夫《くるまひき》は車も衣装《みなり》も立派で、乗せていた客も紳士であったが、いきなり人車《くるま》を止めて、「何をしやアがるんだ、」と言いさま、みぞの中の親父に土の塊《かたまり》を投げつけた。
「気をつけろ、間抜けめ」と言うのが捨てぜりふで、そのまま行こうとすると、親父は承知しない。
「この野郎!」と言いさま往来にはい上がって、今しもかじ棒を上げかけている車夫《くるまひき》に土を投げつけた。そして、
「土方だって人間だぞ、ばかにしやアがんな、」と叫んだ。
 車夫《くるまひき》は取って返し、二人はつかみあいを初めたが、一方は血気の若者ゆえ、苦もなく親父《おやじ》をみぞに突き落とした。落ちかけた時調子の取りようが悪かったので、棒が倒れるように深いみぞにころげこんだ。そのため後脳《こうのう》をひどく打ち肋骨《ろっこつ》を折って親父は悶絶《もんぜつ》した。
 見る間に付近に散在していた土方が集まって来て、車夫《くるまひき》はなぐられるだけなぐられ、その上交番に引きずって行かれた。
 虫の息の親父
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