も我知らず微笑せざるを得なかった。
そうする中《うち》に、志村は突然|起《た》ち上がって、その拍子に自分の方を向いた、そして何にも言いがたき柔和な顔をして、にっこり[#「にっこり」に傍点]と笑った。自分も思わず笑った。
「君《きみ》は何を書いているのだ、」と聞くから、
「君を写生していたのだ。」
「僕は最早水車を書いてしまったよ。」
「そうか、僕はまだ出来ないのだ。」
「そうか、」と言って志村はそのまま再び腰を下ろし、もとの姿勢になって、
「書き給え、僕はその間《ま》にこれを直すから。」
自分は画き初めたが、画いているうち、彼を忌ま忌ましいと思った心は全く消えてしまい、かえって彼が可愛くなって来た。そのうちに書き終ったので、
「出来た、出来た!」と叫ぶと、志村は自分の傍《そば》に来り、
「おや君はチョークで書いたね。」
「初めてだから全然《まるで》画にならん、君はチョーク画を誰に習った。」
「そら先達《せんだって》東京から帰って来た奥野さんに習った。しかしまだ習いたてだから何にも書けない。」
「コロンブスは佳《よ》く出来ていたね、僕は驚いちゃッた。」
それから二人は連立《つれだ》
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