たことがない。どういう風に書くものやら全然《まるで》不案内であったがチョークで書いた画を見たことは度々《たびたび》あり、ただこれまで自分で書かないのは到底まだ自分どもの力に及ばぬものとあきらめていたからなので、志村があの位い書けるなら自分も幾干《いくら》か出来るだろうと思ったのである。
 再び先の川辺《かわばた》へ出た。そして先ず自分の思いついた画題は水車《みずぐるま》、この水車はその以前鉛筆で書いたことがあるので、チョークの手始めに今一度これを写生してやろうと、堤を辿《たど》って上流の方へと、足を向けた。
 水車は川向《かわむこう》にあってその古めかしい処、木立《こだち》の繁《しげ》みに半ば被《おお》われている案排《あんばい》、蔦葛《つたかずら》が這《は》い纏《まと》うている具合、少年心《こどもごころ》にも面白い画題と心得ていたのである。これを対岸から写すので、自分は堤を下《お》りて川原の草原《くさはら》に出ると、今まで川柳の蔭《かげ》で見えなかったが、一人の少年が草の中に坐って頻《しき》りに水車を写生しているのを見つけた。自分と少年とは四、五十|間《けん》隔たっていたが自分は一見し
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