出来るかと、それのみに心を奪《と》られて歩いた。志村も同じ心、後《あと》になり先になり、二人で歩いていると、時々は路傍に腰を下ろして鉛筆の写生を試み、彼が起《た》たずば我も起たず、我筆をやめずんば彼もやめないという風で、思わず時が経《た》ち、驚ろいて二人とも、次の一里を駆足《かけあし》で飛んだこともあった。
爾来《じらい》数年《すねん》、志村は故《ゆえ》ありて中学校を退いて村落に帰り、自分は国を去って東京に遊学することとなり、いつしか二人の間には音信もなくなって、忽《たちま》ちまた四、五年経ってしまった。東京に出てから、自分は画を思いつつも画を自ら書かなくなり、ただ都会の大家の名作を見て、僅《わずか》に自分の画心《えごころ》を満足さしていたのである。
ところが自分の二十の時であった、久しぶりで故郷の村落に帰った。宅の物置にかつて自分が持《もち》あるいた画板があったのを見つけ、同時に志村のことを思いだしたので、早速人に聞いて見ると、驚くまいことか、彼は十七の歳《とし》病死したとのことである。
自分は久しぶりで画板と鉛筆を提《ひっさ》げて家を出た。故郷の風景は旧《もと》の通りである、
前へ
次へ
全13ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング