しかし自分は最早以前の少年ではない、自分はただ幾歳《いくつ》かの年を増《ま》したばかりでなく、幸か不幸か、人生の問題になやまされ、生死の問題に深入りし、等しく自然に対しても以前の心には全く趣を変えていたのである。言いがたき暗愁は暫時《しばらく》も自分を安めない。
 時は夏の最中《もなか》自分はただ画板を提げたというばかり、何を書いて見る気にもならん、独《ひと》りぶらぶらと野末に出た。かつて志村と共に能《よ》く写生に出た野末に。
 闇《やみ》にも歓《よろこ》びあり、光にも悲《かなしみ》あり、麦藁帽《むぎわらぼう》の廂《ひさし》を傾けて、彼方《かなた》の丘、此方《こなた》の林を望めば、まじまじと照る日に輝いて眩《まば》ゆきばかりの景色。自分は思わず泣いた。



底本:「日本児童文学名作集(上)」桑原三郎・千葉俊二編、岩波文庫、岩波書店
   1994(平成6)年2月16日第1刷発行
底本の親本:「国木田独歩全集 2」学習研究社
   1964(昭和39)年7月1日初版発行
初出:「青年界」第一巻第二号
   1902(明治35)年8月1日発行
入力:鈴木厚司
校正:mayu
2001年5
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