たことではありませんから。」
「難有《ありがと》う御座います。それで僕も安心しました。イヤ真《まこと》に失礼しました匆卒《いきなり》貴様を詰《とが》めまして……」と彼は人を圧《おし》つけようとする最初の気勢とは打《うっ》て変り、如何《いか》にも力なげに詫《わび》たのを見て、自分も気の毒になり、
「何もそう謝るには及びません、僕も実は貴様が先刻僕の前に佇立《つった》って僕ばかり見て居《い》た時の風が何《なん》となく怪《あやし》かったから、それで此処《ここ》へ来て貴様《あなた》の為《す》ることを覗《うか》ごうて居たのです。矢張《やはり》貴様を覗がったのです。けれども彼《あ》の事が貴様の秘密とあれば、堅く僕は其《その》秘密を守りますから御安心なさい。」
彼は黙って自分の顔を見て居たが、
「貴様は必定《きっと》守って下さる方です。」と声をふるわし、
「如何《どう》でしょう、一つ僕の杯《さかずき》を受けて下さいませんか。」
「酒ですか、酒なら僕は飲ないほうが可《よ》いのです。」
「飲まないほうが! 飲まないほうが! 無論そうです。もう飲まないで済むことなら僕とても飲まないほうが可いのです。けれ
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