処《ところ》が此《この》九月でした、僕は余りの苦悩《くるしさ》に平常|殆《ほとん》ど酒杯《さかずき》を手にせぬ僕が、里子の止《とめ》るのも聴《きか》ず飲めるだけ飲み、居間の中央に大の字になって居ると、何《なん》と思ったか、母が突然鎌倉から帰って来て里子だけを其《その》居間に呼びつけました。そして僕は酔って居ながらも直《す》ぐ其|理由《わけ》の尋常でないことを悟ったのです。
一時間ばかり経《た》つと里子は眼を泣き膨《は》らして僕の居間に帰て来ましたから、『如何《どう》したのだ。』と聞くと里子は僕の傍《そば》に突伏《つっぷ》して泣きだしました。
『母上《おっかさん》が僕を離婚すると云《い》ったのだろう。』と僕は思わず怒鳴りました。すると里子は狼狽《あわて》て、
『だからね、母が何と言っても所天《あなた》[#「所天」は底本では「所夫」]決して気にしないで下さいな。気狂《きちがい》だと思って投擲《うっちゃ》って置いて下さいな、ね、後生ですから。』と泣声を振わして言いますから、『そういうことなら投擲《うっちゃ》って置く訳に行かない。』と僕はいきなり母の居間に突入しました。里子は止める間《ひま》
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