いつ》しか心を全然《すっかり》書籍《ほん》に取られて了《しま》った。
然《しかる》にふと物音の為《し》たようであるから何心なく頭を上げると、自分から四五間離れた処《ところ》に人が立《たっ》て居たのである。何時此処へ来て、何処《どこ》から現われたのか少《すこし》も気がつかなかったので、恰《あだか》も地の底から湧出《わきで》たかのように思われ、自分は驚いて能《よ》く見ると年輩《とし》は三十ばかり、面長《おもなが》の鼻の高い男、背はすらりとした※[#「月+叟」、第4水準2−85−45]形《やさがた》、衣装《みなり》といい品といい、一見して別荘に来て居る人か、それとも旅宿《やど》を取って滞留して居る紳士と知れた。
彼は其処《そこ》につッ立って自分の方を凝《じっ》と見て居る其《その》眼《め》つきを見て自分は更に驚き且《か》つ怪しんだ。敵《かたき》を見る怒《いかり》の眼か、それにしては力薄し。人を疑う猜忌《さいぎ》の眼か、それにしては光鈍し。たゞ何心なく他を眺《ながむ》る眼にしては甚《はなは》[#「甚」は底本では「其」]だ凄味《すごみ》を帯ぶ。
妙な奴《やつ》だと自分も見返して居ること暫《し
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