に傍点]と後向《うしろむき》になって、砂山の崕《がけ》に面と向き、右の手で其|麓《ふもと》を掘りはじめた。
取り出した物は大きな罎《びん》、彼は袂《たもと》からハンケチを出して罎の砂を払い、更に小な洋盃《コップ》様のものを出して、罎の栓《せん》を抜《ぬく》や、一盃《いっぱい》一盃、三四杯続けさまに飲んだが、罎を静かに下に置き、手に杯を持たまゝ、昂然《こうぜん》と頭《こうべ》をあげて大空を眺《なが》めて居た。
そして又《また》一杯飲んだ。そして端《はし》なく眼《まなこ》を自分の方へ転じたと思うと、洋杯《コップ》を手にしたまゝ自分の方へ大股《おおまた》で歩いて来る、其|歩武《ほぶ》の気力ある様は以前の様子と全然《まるで》違うて居た。
自分は驚いて逃げ出そうかと思った。然《しか》し直《す》ぐ思い返して其《その》まゝ横になって居ると、彼は間もなく自分の傍《そば》まで来て、怪《あやし》げな笑味《えみ》を浮べながら
「貴様《あなた》は僕が今何を為《し》たか見て居たでしょう?」
と言った声は少し嗄《しわが》れて居た。
「見て居ました。」と自分は判然《はっきり》答えた。
「貴様は他人《ひと》の秘密を覗《うか》がって可《よ》いと思いますか。」と彼は益《ますます》怪げな笑味《えみ》を深くする。
「可《よ》いとは思いません。」
「それなら何故《なぜ》僕の秘密を覗《うかが》いました。」
「僕は此処《ここ》で書籍《ほん》を読むの自由を持《もっ》て居ます。」
「それは別問題です。」と彼は一寸《ちょっと》眼を自分の書籍《ほん》の上に注いだ。
「別問題ではありません。貴様が何《な》にを為《し》ようと僕が何を為《し》ようと、それが他人《ひと》に害を及ぼさぬ限りはお互の自由です。若《も》し貴様《あなた》に秘密があるなら自《みず》から先《ま》ず秘密に為《し》たら可《よ》いでしょう。」
彼は急にそわ/\して左の手で頭の毛を揉《むし》るように掻《か》きながら、
「そうです、そうです。けれども彼《あ》れが僕の做《な》し得るかぎりの秘密なんです。」と言って暫《しば》らく言葉を途切《とぎら》し、気を塞《つ》めて居たが、
「僕が貴様を責めたのは悪う御座《ござ》いました、けれども何乎《どうか》今御覧になったことを秘密に仕《し》て下さいませんかお願いですが。」
「お頼《たのみ》とあれば秘密にします。別に僕の関し
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