こっち》から言い出して秘密の有無《うむ》を訊《ただ》そうと決心し、学校から日の暮方に帰って夜食を済ますや、父の居間にゆきました。父はランプの下《もと》で手紙を認《したた》めて居《い》ましたが、僕を見て、『何《なん》ぞ用か』と問い、やはり筆を執《とっ》て居ます。僕は父の脇《わき》の火鉢《ひばち》の傍《そば》に座って、暫《しばら》く黙って居ましたが、此《この》時降りかけて居た空が愈々《いよいよ》時雨《しぐれ》て来たと見え、廂《ひさし》を打つ霰《みぞれ》[#「霙」の誤り?、400−7]の音がパラ/\聞えました。父は筆を擱《お》いて徐《やお》ら此方《こちら》に向き、
『何ぞ用でもあるか、』と優《やさ》しく問いました。
『少し訊《たず》ねたいことが有りますので、』と僅《わず》かに口を切るや、父は早くも様子を見て取ったか
『何じゃ。』と厳《おごそ》かに膝《ひざ》を進めました。
『父様《とうさま》、私は真実《ほんと》に父様の児《こ》なのでしょうか。』と兼《かね》て思い定めて置いた通り、単刀直入に問いました。
『何じゃと』と父の一言、其《その》眼光の鋭さ! けれども直《す》ぐ父は顔を柔《やわら》げて、
『何故《なぜ》お前はそんなことを私に聞くのじゃ、何か私《わし》共がお前に親らしくないことでもして、それでそういうのか。』
『そういう訳では御座いませんが、私には昔から如何《どう》いう者か此《この》疑《うたがい》があるので、始終胸を痛めて居《お》るので御座ます、知らして益のない秘密だから父上《おとうさま》も黙ってお居でになるのでしょうけれど、私は是非それが知りたいので御座います。』と僕は静に、決然と言い放ちました。
父は暫時《しばら》く腕組をして考えて居ましたが、徐《おもむ》ろに顔を上げて、
『お前が疑がって居ることも私《わし》は知って居たのじゃ。私の方から言うた方がと思ったことも此頃ある。それで最早《もはや》お前から聞《きか》れて見ると猶《な》お言うて了《しま》うが可《え》えから言うことに仕よう。』とそれから父は長々と物語りました。
けれども父の知らして呉《く》れた事実はこれだけなのです。周防《すおう》山口の地方裁判所に父が奉職して居《い》た時分、馬場金之助《ばばきんのすけ》という碁客《ごかく》が居て、父と非常に懇親を結び、常に兄弟の如《ごと》く往来して居たそうです。その馬場とい
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