この講演を終らうと思ふ。私の講演は事實の羅列が多くて、無味乾燥なるに加へて、肝心の辯舌が不達者なる爲、定めて聽衆諸君に多大の迷惑をかけたことと、この點に就いては、衷心より陳謝申上げる。講演を終るに際して、その結論として、左の二項を申添へて置きたい。それが多少なりとも諸君に裨益を與へ、發憤を促がすことあれば、それだけでも私の講演が無意味でなかつた筈と、自身滿足いたす次第である。
 (※[#ローマ数字1、1−13−21])當時の入唐留學は、想像以上に危險困難であつた。身命を擲つ大覺悟がなくては、支那に出掛けることが出來ぬ。かかる危險困難を物ともせず、陸續入唐した當時の僧侶の勇氣の大なる、信念の篤き、千歳の下猶ほ後人を感憤せしむるに十分である。私は今囘の講演を機會に、大師は申す迄もなく、大師の前後に入唐した我が國の僧侶の傳記をも、一應調査したが、此等の人々が、求法の爲に千辛萬苦を嘗められた當時を追憶する毎に、幾度となく不覺の涙を禁ずることが出來なかつた。此等の人々の入唐は、名譽の爲でもなく、利慾の爲でもなく、全く純粹なる信仰の爲である。
 大師の後ち五十年許りを經て、清和天皇の御世に、總持院
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