しも衰へて居らぬ。しばらく文藝方面を見渡すと、李白や杜甫(子美)は既に世を謝しても、韓愈(退之)・柳宗元・白居易(樂天)・劉禹錫・元※[#「禾へん+眞」、第3水準1−89−46]らは、何れも大師と略同年配の人で、當代に活躍して居つた。畫には李思訓・王維(摩詰)・呉道玄(道子)の如き大家こそなけれ、張※[#「王へん+繰のつくり」、第4水準2−81−4]・周※[#「日+方」、第3水準1−85−13]・邊鸞らの名匠が、大師入唐前後に輩出して居る。書には顏眞卿は大師の入唐に先だつこと約二十年に卒去したが、之に代つて大師時代の柳公權が在る。大師に筆道を傳へた韓方明も、當時錚々たる書家であつた。
長安の邸宅の壯麗となつたのは、玄宗の末期から徳宗の初年にかけてのことである。この間大臣貴族は邸舍の華麗を競爭した。建築熱の昌熾なること、前後無比と稱せられ、時人は之を木妖と稱して、その非常を警戒した程である。一本の玉釵に七十萬錢を擲つ者もあれば(『小學』卷六)、一株の牡丹に數萬錢を惜まぬ者――唐の柳渾の詩に近時無[#レ]奈[#二]牡丹何[#一]、數十千錢買[#二]一顆一[#一][#「顆一[#一]」は底本
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