蝿黶n。人相食。(趙)孝弟禮爲[#二]餓賊所[#一レ]得。孝聞[#レ]之即自縛。詣[#レ]賊曰。禮久餓羸痩。不[#レ]如[#二]孝肥飽[#一]。賊大驚竝放[#レ]之。謂曰可[#下]且歸。更持[#二]米糒[#一]來[#上]。孝求不[#レ]能[#レ]得。復往報[#レ]賊。願[#レ]就[#レ]烹。衆異[#レ]之。遂不[#レ]害(卷六十九、趙孝傳)
[#ここで字下げ終わり]
と見えて居る。「趙禮讓肥」一劇はこの史實に本づくことがわかる。
食人肉の風習の行はるる支那では、趙孝趙禮の如く、兄弟若くは父子夫婦の間に、肥を讓つた事例は必しも稀有でない。『後漢書』一書の中からでも、幾多の實例を擧ぐるに難くない。「趙禮讓肥」の作者秦簡夫と、ほぼ時代を同くする李仲義の妻劉氏の如きも、かかる代表の一人として擧ぐることが出來る。
[#ここから2字下げ]
劉氏名翠哥。房山人。至正二十年(西暦一三六〇)縣大饑。平章劉哈剌不花乏[#レ]食。執[#二]{李}仲義[#一]欲[#レ]烹[#レ]之。……劉氏……涕泣伏[#レ]地。告[#二]於兵[#一]曰。所[#レ]執者是吾夫也。乞矜[#二]憐之[#一]。貸[#二]其生[#一]。吾家有[#二]醤一甕。米一斗五升[#一]。窖[#二]于地中[#一]。可[#下]掘[#二]取之[#一]以代[#中]吾夫[#上]。兵不[#レ]從。劉氏曰。吾夫痩小不[#レ]可[#レ]食。吾聞婦人肥黒者味美。吾肥且黒。願就[#レ]烹以代[#レ]夫死。兵遂釋[#二]其夫[#一]而烹[#二]劉氏[#一]。聞者莫[#レ]不[#レ]哀[#レ]之。(『元史』卷二百一、列女傳)。
[#ここで字下げ終わり]
『演義三國志』第十九囘に、劉備が呂布の爲に小沛を陷られて、敗走の途中、獵戸の劉安の家に宿せし時、劉安は劉備にその妻の肉を進めたことを記して、
[#ここから2字下げ]
當下《ソノトキ》劉安聞[#二]豫州牧至[#一]。欲[#下]尋[#二]野味[#一]供食[#上]。一時不[#レ]能[#レ]得。乃殺[#二]其妻[#一]以食[#レ]之。玄徳曰。此何肉也。安曰。乃狼肉也。玄徳不[#レ]疑。遂飽食了一頓。天晩就宿。至[#レ]曉將[#レ]去。往[#二]後院[#一]取[#レ]馬。忽見[#三]一婦人殺[#二]於廚下[#一]。臂上肉已都割去。玄徳驚問。方知[#二]昨夜食者。乃其妻之肉[#一]也。
[#ここで字下げ終わり
前へ
次へ
全54ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
桑原 隲蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング