。」と何事もなく、さも当然そうに答えるのであった。
「でも、良人があったかって、良人がお宅へご迷惑をかける訳ではないでしょう?」
「そりゃそういう訳ではないのですがね、兎に角、そういう店則になって居りますから……。」
 彼女は二言三言あらそって見たが、既にもう代りまで来ている以上所詮駄目だと観念した。そして悄然と家へ帰ったが余りに馬鹿らしい事すぎて良人に話しもならないのである。若しそんな事を言ったら短気な彼は病気の体も打ち忘れて亀甲亭へ呶鳴り込むに相違なかった。
 翌る日、登恵子はまた本所太平町の家へ時々帰れる範囲内の処で、口を見つけようと捜し廻っていた。
 電車通りも、裏通りも、横丁も、その又横丁も、到る処に洋食屋が在って其の半数ぐらいは女給を募集して居る。「女ボーイ入用」主にこう書いてあった。併し乍ら登恵子が入って見ると殆ど皆な嘘の募集札であって、「家は今一ぱいです。」「今晩から来る約束になって居るのです。」「此処には入らないのだが深川の支店へ行ってくれませんか? 支店行きなのです。」というようなことだ。傭って了ったものなれば何故募集広告をはがさない、其処で使わないものを何故広告だ
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