いなまれ乍ら、彼女は酔いどれの手を引いて行かねばならなかった。登恵子は或る用意と覚悟と観念をもって静かに睡った電車道を行くと、矢張り今頃仕舞いかけている同業の店を見ることが出来た。彼女の頭へは比較的正確な工場の勤め時間が茫っと浮かんだ。如何に楽な仕事とは言い乍ら二時三時までも夜更かしせねばならぬ女給の勤めがつくづく無理だと思われる。
その翌日の夕方、登恵子は亀甲亭の主人から思いがけない宣告を受けた。おひる過ぎに一人の女が入って来て奥で主人と暫く話し合った末、店へ出て来て帰らなかったので彼女は朋輩が一人増えたのであろうと想像していたら、それは自分を出す為めの代りであった。
「登恵ちゃん、都合によって代りの人を頼んだから何処かへ行ってくれませんか。」
彼女が顔をなおしていると、出しぬけに主人はこう言った。けれども解雇されねばならぬ理由が頓《とん》と考えられない。
「あたし、何故置いて戴けないのですか? あたし何か不調法があったのですか?」
彼女はやや険を含んで訊き返した。すると主人は、
「いや別に悪いことがあった訳ではないが、家じゃ旦那の有る人は居って貰わないことになって居るのです
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