た。処が、それまで左程よっていなかった客は急にぐでぐでに酔った風を装ってくだを巻きかけた。
「何だと、三時半? 何でもっと早く時間を知らせてくれない、もうガレージは寝ているじゃないか、馬鹿な、これから芝まで帰れると思うか。」
「俥よんで参ります、俥屋なら何時でも起きますから。」
「なに、俥? ふざけるな亭主、俥なんかに乗れると思うか、俺は俥なんかに乗ったことが無いんだ。いいから此処に泊めろ、祝儀は幾らでもやる。」
 こう言って客はくだを巻いた。そしてとどのつまりは吾妻橋までボーイを送らせたら帰ろうと言うのであった。
「登恵ちゃん、済まないけれど送ってくれないか? 帰って貰わなきゃ家が困るからね。」
 主人は半ば命令的にこう言った。併し夜の三時にもなって若い女が酔っぱらいの男を送らねばならぬとは、どう考えても理窟にならない。
「いやですよ、あたし。」
「だって送ってくれなきゃ困るよ。」
「あたしも困るわ、こんな度外れに遅くなってから。」
 登恵子は飽くまでも拒絶しようと思ったが、結局はコックが尾行することにして無理強いに主人の威光で承知させられて了った。と、かんかんに凍た氷の街を乾風にさ
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