け出して人を釣る。その為めに失職女給はどれ丈け無駄をして迷惑だか分らない。彼女は実に腹立たしかった。
 こんな具合でかけずり廻った甲斐もなくその日は勤め口にありつけなかったが、その翌日石原町のカフェースワンというのへ住み込むことが出来た。願わくば通いで勤め度いと思ったが二流三流の店では殆ど通勤が許されなかった。
 登恵子がカフェースワンヘ行ってから四日目の夜である。彼女が行った晩から毎夜かかさず飲みに来て二円もチップを置いて行く三人組の職人があった。ずっと以前からスワンへ来る定連だと言って店では鄭重に取り扱っていた。附近の建具工場の職人なのである。それが十二時過ぎてから出前を注文して来た。「登恵ちゃんに持って来て貰い度い。」という条件がついているのだ。彼女はいやいや乍ら建具屋へ料理を運んで行った。すると階下全体が工場になっていて二階が職人の部屋にしつらえられている其処へ彼女を引き上げて、職人は酌を迫るのであった。それから暫くすると三人いた内二人は座を外して了い、何時まで経っても帰らない。――
 取り返しのつかぬ間違が起って了った。仮令不可抗な運命だったとは言え良心の苛責に堪えない彼女は
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