、暫し茫然として立つことさえも出来なかった。
登恵子は此のことを早速スワンの主人に話し、相当な処置をとってくれればよし、さもない時は良人に打ら明けた上彼の宥《ゆる》しを乞うて断乎たる方法を採ろうと決心した。そうして取りあえず主人に抗議を申し込むと、
「どうせこんな水商売をして居るからにゃねえ登恵ちゃん、そう貴女のように固くばかりも言って居られんよ。」とせせら笑って相手にしない。思うにこういうことが店の営業政略となっているのである。
登恵子はもう少しも躊躇することなく凡てを良人の前へ打ち明けて、彼の心まかせな処決を甘んじて受けようと思い、言葉を口まで出した。併し乍ら痩せ細って日夜病苦に呻吟する良人を、此の上そんなことで苦めるのは余りに可哀そうで堪えられなかった。で、すっかり全快のあかつき更めて言うことにして怖ろしいスワンを去った。そして今度行ったのは浅草の千歳という肉屋である。亀甲亭にいる頃知り合になった洋菜屋の世話で行ったのだ。
千歳には洋食部と和食部(といってもすき焼専門だが、)と、それから他に旅館とがあって女給仲居が凡そ五十人もいた。始め登恵子は洋食部の方へ志願したのであるが
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