、今都合が悪いから一ヵ月和食の方で働いてから廻すという約束で、取りあえずお座敷女中を働くことになった。
千歳の主人は先ず彼女に髪の結い方を変更すべく命令した。登恵子は随分情なかったが金儲のためなら詮方ないと諦めて日本髷のカモジや櫛など一切の道具を買い整えて馴れぬ銀杏返しを結った。そして日本前掛をかけて働いていると、二日目の朝|女将《おかみ》が、
「お前、気の毒だが旅館の方へ二三日手伝に行っておくれ。彼方に女中が足りなくて困っているそうだから。」と言うのであった。
登恵子にとっては似体も知れぬ旅館などへ行くことは甚だ迷惑であったが、僅か二三日の手伝くらいならこれも仕様がないと思って言わるる儘に其方へ手伝いに行った。ところがその日|不図《ふと》した拍子に良人の許から来た端書《はがき》を見られたのである。すると女将は怖ろしい権幕で、
「お前にはこんなつきものがあるのだね、家には亭主有ちなんか置けないから出て行っておくれ。たった今出て行っておくれ。本当に洋菜屋さんもこんな女をつれて来るなんて……。」とつぶやき乍ら立ち処に暇を出して了った。
彼女はお湯道具や寝巻の入った風呂敷包みを抱えて雷
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