門の街頭に立った時、忿激に燃えて地が揺れるように思われた。そして軒を並べる飲食店のおやじが皆な一様に薄情であり、幾多の女中共が此のように不合理きわまる悪制度に屈従しているのだと考える時、矢も楯もたまらないような気がした。
 さも美味そうに高いお銭を払って飲食して居る客どもに対して此上なく侮蔑が感ぜられた。先ず凡ゆる料理場の内幕を見せてやり度かった。昨日の残り酒は今日新たなお銚子となって客の前へ出る、先の客が食い残したものは次の皿へ加えられる。梅毒やみのコックが***********洗いもせず直ちに肉を切る、便所も流しも板場も一処こた[#「こた」に傍点]なのである。実に汚くて非衛生的きわまるのだ。
 登恵子が途方に暮れて立っいると、今しがた出て来た許りである千歳の料理番が、
「登恵ちゃん、何を考え込んでいるんだい。」と言って不意打ちに声をかけた。
「ああ、あたし驚いたわ。」
「登恵ちゃんが今ひま出されたんだろう、何処か行く先はきまっているのかい?」
 あばた面の料理番は柄にも無い親切らしい声でこう訊くのであった。
「あたし本所の家へ帰るのよ。」
「それは分っているよ。家へ帰ってから先のこ
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