とだ。」
「別に当てといって無いの。」
「それじゃ俺がいい処世話してやろうか? 四ツ木へ行かないかえ。君家に病人があるて話だからそれなら俺が話してさえやれば三百円や五百円貸してくれるよ。」
「行ってもいいのだけれど四ツ木って言うと少し遠いからね……。」
「七円位は貰いがあるって話だ。これを入院させてやりゃいいじゃないか。」
 料理番はこう言って小指を示した。まことに甘《うま》い話である。併し彼女には此の種の人間がどういうことをするのか、大概もう見当がついていたから「良人と相談の上明日千歳まで返事する」と言って分れた。

 またしても職を失った登恵子は今度新聞の案内広告を見て京橋の第一流格のレストランへ出向いて行った。其処は通勤女給というのであるから、彼女にとっては極めて好都合であった。ところが主人は彼女と応対し乍ら繁々様子を見て居ったが、
「で、来て貰うとして貴女はまさか其の儘のなり[#「なり」に傍点]で来るのではないでしょうね?」と言った。彼女は顔を打たれるよりもつらい思いがする。泣き度いほど情なかった。で、黙って俯向《うつむ》いていると再び主人は繰り返した。
「その着物で来るのじゃ
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