なかった。また、彼が住み込みで行って職に就く日になれば、当然世帯をたたんで夫婦別れ別れにならなくてはならぬので、二人はそれをすまいため三度の食事を一度に減じても我慢して籠城し、最後の運命まで闘う覚悟して居った。そしてそのために、妻はカフェーの女給に行ってチップで米代を稼いで来るのだった。
二
工場地帯をすっかり出離れて了った郊外まで行って、彼がやっと一摘みの青草をむしって帰ると、妻はもう仕事に出て行っていなかった。そうして破られた紙袋の中から五合あまりの潰し麦が小砂をばら撒いた如く六畳の部屋じゅうに散乱している、二ひきの小さな動物は、愛くるしいおちょま口を動かして低い声でグルグル、グルグルッと喉を鳴らし乍らその潰し麦を拾って食べて居った。しかし彼の姿を発見すると脅えたように早速食い止めて了って部屋の隅っこで小さくなった。
――またヒステリーが爆発したな、ひょっとしたら俺の帰りが遅いのでこんな小さなものにあたったのかも知れない――彼はこんなに思い乍ら、麦を拾って動物を呼んだ。
「モルや、モルや来い来い来い来い来い来い……。」
けれどもモルモットは人を恐れるものの如く、伽藍
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