河はおそろしく濁って居った。染工場から鉱物染料の廃液を流すので、水は墨汁のように黒い。目高一ぴき、水草ひと葉うかばぬ濁々たる溝《どぶ》だ。
米が買えぬので一日二食主義を採るべく余儀なくされた彼は自分の空腹も打ち忘れて小さき動物の事を思い、それに与えるためたとえ一摘みの草でもむしろうと、とっぷり暮れた初夏の工場街をあてどもなく彼方此方さまよった。
路はとげとげな炭殻だった。わけても鋳物工場から放り出した瓦斯コークスの塊ったクリンカーや金糞が、恰かも火山帯へ行って凝固した熔岩の上を歩くような感じを与える。
まがりくねって、幾度も左折右折した小径を、彼は暫く歩んでいると組合運動をやって解雇になったモスリン工場の裏へ出た。死の幕のようなどす黒いトタン塀の中では、ごうごうと機械が運転して居る。
彼は其処を馘《くび》になってからというもの、如何にしても口が見つからなかった。もっとも、織布機械工という自分の職を捨てて了って馬鹿のような仕事を住み込みでする日になればまんざら仕事が無い事もなかった。しかし専門学校へまで行って習って、十数年という永いあいだいとなんで来た技術をむざむざ捨てるにしのび
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