動物は、二頭だけ急にそこから引っこぬいて別な世界へつれて来られたので、辺りに怯えたもののように小さくなって打ち顫えていた。しかし小さなものにも似合わず体がよく整って居て、実に愛くるしかった。
「これ、お麦たべるかしらん?」
「うん、潰し麦を食べるそうだ。」
 彼は妻の問いに答えた。すると彼女は可愛い動物に買って来てやるのだといって、乾物屋へ出かけて行ったので、彼もまた動物を部屋の中に放したままにして置いて草をさがしに戸外へ出た。
 けれども、容易に草は見つからなかった。
 その辺り一体は荒涼たる工場地で第一草の生えているような空地がない。一つの工場だけにでも一万人からの労働者が集っている大紡績工場が七つもあるのを筆頭に、そのほか無数の中小工場が文字通り煙突を林立させて居る。そして真っ黒な煤煙を間断なく吐き出すので植えても樹木がちっとも育たない。社《やしろ》の境内にはその昔、枝が繁茂して空も見えないほど鬱蒼たる森林をなしていたであろうと思われる各種類の巨木が、幾本となく枯死して枝を払われ、七五三縄《しめなわ》を張られている。そして境内には高さ三間以上の樹木を見る事が出来ないのである。また
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