馬にも乘らずにころび/\長塚の渡しまで來ると船が無い。うしろには聲《とき》、前は川。夕暗迫る河原の上を犬のやうに這つて脱れた。壬生鳥居氏の手兵は閧の天狗のにがてだつた。鯉淵《こひぶち》勢には一度も勝てなかつた天狗だが、壬生にも始終痛めつけられた。
 徴發され強奪された金額は、酒井清兵衛の千四百兩を最とし、酒井長右衛門の七百兩、五木田利兵衛の二百七十兩、横瀬忠右衛門の二百兩等等、山南山北、凡そ名ある豪農富商にしていたぶられざるはなく、殊に酒井氏は邸宅まで灰にされて、また起つ能はず、今は家人のありかを知る者すら無い。
 筑波軍の金策は六月末から、野火の燃えるやうに廣がつて行つた。筑波近くは勿論、下總は豊田、岡田、相馬、埴生の各郡から、常陸は土浦、石岡、鹿島、行方から、飛んで佐原銚子の邊まで、村村《むらむら》、町町《まちまち》、土地によりては同じ村の同じ人に、二所から呼出しのかゝることあり。信《し》太郎木原へ、吉田と名のつて乘込んだ天狗は二千兩ほど掻き集めた處へ、水戸領田伏の浪人宿から呼出しあり、吉田は似せ者と分つた。似せ天か本天かわからぬやつにまで引つたくられるのだからいゝ面の皮だ。天狗の
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