飼主が――それはシベリア土着の百姓だった――徴発されて行く家畜を見て、胸をかき切らぬばかりに苦るしむ有様を、彼はしばしば目撃していた。彼は百姓に育って、牛や豚を飼った経験があった。生れたばかりの仔どもの時分から飼いつけた家畜がどんなに可愛いものであるか、それは、飼った経験のある者でなければ分らないことだった。
「ロシア人をいじめて、泣いたり、おがんだりするのに、無理やり引っこさげて来るんだからね、――悪いこったよ、掠奪《りゃくだつ》だよ。」
彼は嗄《か》れてはいるが、よくひびく、量の多い声を持っていた。彼の喋《しゃべ》ることは、窓硝子が振える位いよく通った。
彼は、もと大隊長の従卒をしていたことがあった。そこで、将校が食う飯と、兵卒のそれとが、人間の種類が異っている程、違っているのを見てきているのであった。
晩に、どこかへ大隊長が出かけて行く、すると彼は、靴を磨《みが》き、軍服に刷毛《はけ》をかけ、防寒具を揃《そろ》えて、なおその上、僅《わず》か三厘ほどのびている髯をあたってやらなければならなかった。髯をあたれば、顔を洗う湯も汲んできなければならない。……
少佐殿はめかして出
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