黒島伝治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)凍《い》てつくような

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)何等|恨《うらみ》もない

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ブウ[#「ブウ」に傍点]

×:伏せ字
(例)「×中隊であります。」
−−

       一

 鼻が凍《い》てつくような寒い風が吹きぬけて行った。
 村は、すっかり雪に蔽《おお》われていた。街路樹も、丘も、家も。そこは、白く、まぶしく光る雪ばかりであった。
 丘の中ほどのある農家の前に、一台の橇《そり》が乗り捨てられていた。客間と食堂とを兼ねている部屋からは、いかにも下手《へた》でぞんざいな日本人のロシア語がもれて来た。
「寒いね、……お前さん、這入《はい》ってらっしゃい。」
 入口の扉が開《あ》いて、踵《かがと》の低い靴をはいた主婦が顔を出した。
 馭者《ぎょしゃ》は橇の中で腰まで乾草《ほしくさ》に埋め、頸《くび》をすくめていた。若い、小柄な男だった。頬と鼻の先が霜で赭《あか》くなっていた。
「有がとう。」
「ほんとに這入ってらっしゃい。」

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