て行く。
 ところが、おそく、――一時すぎに――帰ってきて、棒切れを折って投げつけるように不機嫌なことがあるのだ。吉原には訳が分らなかった。多分ふられたのだろう。
 すると、あくる日も不機嫌なのだ。そして兵卒は、叱《しか》りつけられ、つい、要領が悪いと鞭《むち》うたれるのだ。
 彼は考えたものだ。上官にそういう特権があるものか! 彼は真面目に、ペコペコ頭を下げ、靴を磨くことが、阿呆《あほ》らしくなった。
 少佐がどうして彼を従卒にしたか、それは、彼がスタイルのいい、好男子であったからであった。そのおかげで彼は打たれたことはなかった。しかし、彼は、なべて男が美しい女を好くように、上官が男前だけで従卒をきめ、何か玩弄物のように扱うのに反感を抱かずにはいられなかった。玩弄物になってたまるもんか!
「豚だって、鶏だってさ、徴発にやられるのは俺達じゃないか、おとすんだって、料理をするんだってさ……。それでうまいところはみんなえらい人にとられてしまうんだ。」彼は繰《くり》かえした。「俺達の役目はいったい何というんだ!」
「おい、そんなこた喋《しゃべ》らずに帰ろうぜ。文句を云うたって仕様がないや。」
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