らついていた。
 兵士達は、銃殺を恐れて自分の意見を引っこめてしまった。近松少佐は思うままにすべての部下を威嚇《いかく》した。兵卒は無い力まで搾って遮二無二《しゃにむに》にロシア人をめがけて突撃した。――ロシア人を殺しに行くか、自分が×××[#岩波文庫版では「殺され」]るか、その二つしか彼等には道はないのだ! けれども、そのため、彼等の疲労は、一層はげしくなったばかりだった。
 大隊長は、兵卒を橇にして乗る訳には行かなかった。彼は橇が逃げてしまったのを部下の不注意のせいに帰して、そこらあたりに居る者をどなりつけたり、軍刀で雪を叩いたりした。彼の長靴は雪に取られそうになった。吉原に錆びさせられて腹立てた拍車は、今は、歩く妨げになるばかりだった。
 食うものはなくなった。水筒の水は凍《こご》ってしまった。
 銃も、靴も、そして身体も重かった。兵士は、雪の上を倒れそうになりながら、あてもなく、ふらふら歩いた。彼等は自分の死を自覚した。恐らく橇を持って助けに来る者はないだろう。
 どうして、彼等は雪の上で死ななければならないか。どうして、ロシア人を殺しにこんな雪の曠野にまで乗り出して来なければ
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